京都経済短期大学・藤原ゼミ その4
<三日目>
いつものように朝、宿の前に集合する藤原ゼミの一行。
今日はいつものメンバーにもう一人、ポカラの病院でボランティアをしているドイツ人の若いお医者さんが加わっている。
今日行く学校は、ポカラからバスで40~50分の距離にある「スクラガンダキ小学校」という所らしい。
ここでは今まさに、藤原先生の集めた寄付金による新しい教室の建設が行われていて、我々は実際にその作業を手伝うとの事である。
バスに乗り込み移動を始める事、3分。
大きな交差点に差し掛かったとき、いきなり現れたバリケードに停車を余儀なくされた。
ストライキというやつである。
インドでも何度か、ストによって大通りから車の影がほぼ完全に消え去るのを目撃した。
インドのストは労働者が待遇改善を要求する日本のストとは全く意味合いが違い、政治団体が自分たちの影響力を誇示、または強化するために起こすと聞いた。
また、日本のストは「みんなで一致団結しましょう」といったスタンスだが、こっちのストの場合は協力しないで車を走らせていたりすると石を投げられたりするらしい。
どうやらネパールのストも似たような感じらしく、藤原先生の話では、去年のストでは学生たちが車の通行を阻害するため道路に穴を掘りまくっていたという。
道路に穴を開けることで彼らは何を主張していたのだろう。
ミミズの保護だろうか。
このように様々な集団が様々な主張の下に活動しているが、やっている事は大抵似たような迷惑行為である。
そして、彼らの主張と行動の間には共通する理念が見当たらない。
「行動は思考の最も正確な代弁者」という言葉がある。
心理学的に言って、人間は心にもない言葉ならいくらでも言えるが、本音にそぐわない行動はとれないようにできているのである。
ならば何故、彼らは主張と一致しない行動をとっているのだろうか。
上記の理論に照らし合わせれば、これは彼らの本音がその主張にではなく、そのハタ迷惑な行動に隠れていると見るべきである。
つまり、表面上は政治的主張という体裁を保っているが、その本質は暴走族が徒党を組み、騒音によって自己主張するのと同じ行動なのである。
おそらく集団の中心的な人物にはある程度の政治思想や理想もあろうが、参加者のほとんどはただ騒ぎたいだけのヒマ人だろう。
主張の多様性とは裏腹に、行動様式が極めて類似しているのもこれによって説明付けられる。
この手の集団は世界中どこにでもいるが、大抵の場合、彼らが常に「国の未来」を口にするのと対照的に、実際の行動はカタルシス的な馬鹿騒ぎに終始している。
彼らは何故、そのエネルギーを建設的な方向へ使えないのか。
それは彼らが本音の部分で、国の将来などにさして興味を持っていないからだと言える。
辛辣な言い方をすれば、彼らには全体の未来を真剣に考えるだけの知識も精神性も無いのである。
バスは何度も迂回をし抜け道を探すが、どうやらレイクサイド全体が封鎖されているようで一向にポカラから出る事ができない。
封鎖ポイントに出くわす度、ラナバットさんがストの関係者に藤原ゼミの活動の主旨を説明し、何とか通してもらえるよう交渉しているが、『集合心』に酔った馬鹿ばっかりで全く話にならない。
援助活動を阻害しても「百害あって一利なし」というのは少し考えれば分かる事なのだが、人間は集団に埋没すると主体的な思考力が低下する傾向がある。
これを心理学では『没個性化』と言う。
「もう今日は学校に行けないのでは?」との思いが頭をかすめる。
だが、幸運にも最後の封鎖ポイントで中年のスト関係者がこちらの事情を理解してくれ、特別に道を開けてくれた。
一行を乗せたバスはやっとポカラを抜け、順調に走り始めた。
・・・と思ったのも束の間、バスは再び突如発生した渋滞に捕まった。
厳密には渋滞と言うよりも、完全に詰まっていると言った方が正しい。
またストかとラナバットさんに聞くと、今度は何かの事故らしい。
わたしはバスを降り、ラナバットさんと車列の先頭の様子を見に行った。
停まったバスや乗用車の列は数百メートル続き、その車列の先頭では案の定、横倒しになった何本もの水道管で道路が封鎖されていた。
と言っても、この水道管が通行止めの原因ではないようだ。
さらに先に歩いて行くと人だかりができていた。
どうやら事故はここで起こったらしい。
そこは民家の建築現場だった。
砂を満載したトラックのそばに、布に包まれた人型の物体があった。
犠牲者は建設作業を手伝っていた中年女性で、彼女がいる事に気付かずバックしてきたトラックに轢かれたのだという。
正確には交通事故ではないが、それなのに何故道路を封鎖して無関係の人間を巻き込んでいるのか。
その理由は、ネパールの法的な賠償制度の不備にあるという。
ラナバットさんの話では、国自体が極めて不安定なネパールでは保険というものが普及しておらず、事故にあった場合、被害者や遺族に支払われる賠償金は微々たるものらしい。
今回のような事故の場合、法的に加害者であるトラックの運転手に科せられるのは、たった三千円ほどの慰謝料支払いだけだと言う。
日本なら人身事故は刑事事件になるが、警察と郡の境界があいまいなネパールでは、大抵の事故は民事事件として処理されているようだ。
しかし、家族を亡くした人々がそれで納得するはずもない。
犠牲者が一家の稼ぎ頭だったのなら尚更である。
そこで被害者側はこのようにストライキを起こし、介入に消極的な警察を強引に引っぱり出し、加害者側(今回はトラック業者の組合)に対して十分な慰謝料の支払いを求めているのである。
このようなストは被害者の遺族や知人だけでなく、地域の住民もサポートに加わることで可能になっている。
ネパールではこのような光景は日常茶飯事なのだという。
頼りにならない国に代わり、コミュニティーと様々な組合が個人の生活を保障しているのである。
時間は既に11時30分を回っている。
道路封鎖は当分解決しそうもないので、我々は徒歩で封鎖地点を越え、その先で違うバスを捕まえ進軍を再開した。
せまっ苦しいローカルバスに揺られること15分、我々は学校最寄のバス停で下車した。
ここからまた山道を15分ほど歩くらしい。
昨日は休憩を挟みまくった一行も、今日は一度も休むことなく「スクラガンダキ学校」に到達した。
学校の前には、出迎えの教師と生徒たちが花飾りなどを持って待ち構えている。
いつものように一人一人歓迎を受ける一行。
校長と並んで一行に花輪を贈るのは、この村の実力者だという老人だ。
この人物、昔はバリバリのマオイストだったそうで、今でも地域住民にかなりの影響力を持っているという。
「マオイスト」と聞くと過激なゲリラ組織をイメージするが、要は共産主義者の事である。
以前は軍や警察との衝突が絶えなかったが、近年は武力闘争から政治闘争へ切り替え、一政党として公に認知されているという。
インド以上のヒンドゥー教国・ネパールでは、今だにカースト制度による差別主義が厳然と息づいている。
またネパールは王国なので、議会はあれど民主主義とは程遠い。
「共産主義の過激派」というと聞こえは悪いが、彼らが貧困層の救済や専制君主制の廃止を主張している事をかんがみると、単純に「国家vsテロリスト」という図式では見られない。
民主的な共産主義が可能かどうかはさておき、少なくとも彼らはメディアで報道されているような非生産的な集団ではないようだ。
さて、この小学校には、通常の1年生から5年生+幼稚園にあたる0年生、計6クラスの生徒が通っている。
一クラス大体10人前後で、生徒数は今までの学校の中で一番少ない。
校舎は二棟あり、片方は4部屋、もう片方は2部屋だ。
どちらも古く、トタンの屋根は錆びて雨漏りがひどい。
合わせて6部屋しかないので、職員室が3年生の教室と兼用になっている。
そんな現状を見て、藤原先生とラナバットさんはここに4部屋の別棟を建てることを決めたらしい。
建設が順調に行けば、あと一月ほどで完成すると言う。
例によって職員室で教師の面々とオフィシャルな挨拶を交わした後、一行はまた例のごとく文房具の配付に向かった。
今日は藤原先生のご厚意により、わたしも文房具配りに参加する事になった。
ゼミ生たちと同様にわたしも各教室で自己紹介をし、子供たちにノート等を手渡す。
中から見た4~5年生の教室は、外から見た以上にダメージが深刻だった。
石積み式の壁はあちこちに亀裂が入り、屋根の雨漏りで室内には水溜りができている。
聞けばこの教室は以前、他の日本人が15,000ドルを寄付して建てたそうである。
だが当時、その日本人は工事を知り合いのネパール人に全て任せてしまい、その為このような粗末な建物になってしまったと言う。
藤原先生とラナバットさんはこの半分ほどの資金で、鉄筋コンクリートのはるかに頑丈な教室を4つ作っている。
現地の人間、それもラナバットさんのように同じ意志を持った人間の協力が、こういった活動においては成否を左右するほど重要である、という範例だろう。
一つ一つの教室で毎回自己紹介をしてから、文房具配りを続ける。
文房具を配るのはこの学校が最後という事で、ゼミ生たちは皆、どこか感慨深げな表情をしている。
中には目を潤ませている者さえいる。
彼女たちがそれぞれ何をどう感じているかは分からないが、一つだけ言えるのは、それらが日本では決して味わうことのできない感覚だという事である。
現実として目の前に在るものを見て流す涙は、作られたモノや第三者を介した映像を見て流す涙とは根本的に異なる。
情報として知る事と、実在として理解する事の決定的な違いである。
そして、変化には現実に準ずる変化と観念に準ずる変化がある。
現実によって変わらざるを得ない場合の変化は合理的で必然的だが、一方、観念に基づいた変化は概して不合理で恒常性に欠ける。
すなわち、人間の内的な成長は全て、様々な現実を直視する事から始まるのである。
文房具配りは一時間ほどで終わり、我々はまた学校側が用意してくれた昼食をいただいた。
今日もインスタント・ヌードルだった。
到着が遅れたせいで、今日はもう学校作りをしている時間はないようだ。
明日もこの学校に来るとの事なので、学校作りは明日に持ち越しとなる。
というわけで、我々は帰るまでの時間を子供たちと遊んで過ごした。
あちらこちらで思い思いに子供たちと触れ合うゼミ生たちからは、もう内に篭った空気は感じない。
彼女らに残された日数が、もう残り少ないという事もあるだろう。
皆、積極的に「今」という時間を意味のあるものにしようとしているように見える。
ところで同行していたドイツ人の医者はと言うと・・・。
実は彼はずっと我々といっしょに居るのだが、すっかり影の薄い存在となっていた。
また、藤原先生以外のゼミ一行は英語がサッパリなので、一緒にいても彼女らとジャーマン・ドクターの間に会話らしきものは全く発生していない。
そんな学生とドイツ人の間のビミョーな溝を、わたしは離れたところから生暖かく見守っていた。
やがて帰る時間になり、我々はまた15分ほど山道を歩き、バスの待つ幹線道路まで戻っていった。
この時間にはもう朝の事故もストライキも解決しており、ポカラまではスムーズに戻ることができた。
明日は再び「スクラガンダキ小学校」に行き、メインイベントである校舎建設の手伝いをする事になる。
本日の真理: 『客観に勝る真理性を主観は持ち得ない。』
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